不動産は縁ものか

 縁とは「ゆかり、えにし、関係」である(広辞苑)と、書かれている。また、縁の使い方としては、「縁は異なもの味なもの」「縁もゆかりもない」などが知られている。
買い手と物件の出会い」、「買い手と営業マンの出会い」―このふたつがマンション・不動産における“縁”というものである。 より理想に近づけようとお見合いをくり返し、いつまでも結婚しない人。たくさんの出会いと恋愛をしながら、中々結婚しない人。こうして、婚期を逸した人も世の中には随分といるようだ。何百万人もいる結婚対象の中から一人だけ選んで一生の伴侶とするのですから、確かにそれは大変なことかもしれない。
 一方、結婚した人たちの現実は、もっと簡単である。たまたま出会った何番目かの異性と結婚してしまう。理想の人だと思って結婚した人もあるだろうが、大半はそうでないはず。それでも2人で家庭を築いて行く。やがて、40年、50年と苦楽を共にする。夫婦というのは、そういうものではないか。
 
 住宅も同じである。これが理想の家とは言えないかもしれないが、時間をかけて探したら理想の家に必ず到達するというものではないので、理想を追い過ぎて何年も不便や窮屈を我慢するより、早めに決心した方が幸せというものかもしれない。この先の出会いの方が、より理想の住まいになるという保証はないからだ。
 
 「もうひとつの縁」の側面は営業マンとの出会いである。
 「ここで私とお目にかかったのも何かのご縁です」などと営業マンが言ったとしたら、それは正確に言うと「私を通じて当社と知りあえた」か「私を通じてこの物件に巡りあった」ということになる。理屈はともかく、ある営業マンとの出会いが縁となって、購入に至ったひとつの例を次に紹介しよう。
 
 マンション購入者の購入理由を尋ねると、地域によって多少の前後はあるが、トップ3は「広い家に住みたかった」、「家賃が勿体ないと思った」、「家族のために」が挙げられる。
 これらをよく分析してみると、「家が狭く、その割りに家賃が高い。金利が低いから家賃と大差ない負担でマイホームが持てると知った。今が買い時だと思った」ということになるようだ。
 更に、購入の動機だけに絞ると、「狭い」が一番に挙げられる。狭いから、もっと広くて快適な家に住み替えたい。賃貸でもよいわけだが、広くて快適な住まいの賃料はおそろしく高い。それだったら、買った方がよさそうだという考えに至る。

 広くて、設備の良い新築マンションに住み替えることは、家族にも喜ばれるし、夫・父親としても鼻が高い。世間からも高く評価される。
 以上のような動機や理由によってマンションを購入するに至る。ただ、それには期限があるわけでなく、早いに越したことはないという程度のことだ。
 逆に言うと、良いものがあればいつもでもよいということになる。ただ、金額が金額なだけに慌てて買うことは避けたい。慎重に進めたいと考えるのである。35年もの長いローンを組んでしまうわけだし、住んでみて気に入らないからといって、簡単に売ったり買ったりを繰り返すわけにもいかないからだ。
 
 しかし、慎重に決めようとはしていても、購入する時は意外にあっさりと決めてしまう人が多いのも事実。 友人が購入したニュースを聞いて刺激を受けたとか、チラシや看板を見て、その気になったといった、何かを“きっかけ”にして購入を思いつく。それから資料を取り寄せたり本を読んだりして研究しながら、ネット上で比較検討をする。その間に、良さそうなものがあればモデルルームの見学を行う。見学は、必ずしもそれを買おうとしてではなく、研究の一環として行う場合もある。少なくとも検討し始めの頃は。
 ところが、モデルルームを見て感動し、欲しいという気持ちが急に高まる。狭い今の家との差を実感し、そこでの暮らしを想像するとともに、早く住んでみたいと思う。その気持ち、言い換えれば、夢見心地の中で間取りを選び、その価格が自分たちの手の届くものであったりすると、ますます欲しいという気持ちが強まる。
 
 ただ、1件目の見学で購入意思を固めてしまうことはない。営業担当者の説明を聞いているうちに、物件価格以外の費用が結構必要と知るなど不安にかられることが浮かんで来たり、付いていると思った設備がオプションだったりするからだ。また、モデルルームは素晴らしいが、自分たちの買えそうなものは、ずっとコンパクトであると知らされて落胆したりするためである。
 そうして、先ほどまで舞い上がっていた人が冷静さを取り戻します。元々買う気があって見に来たわけではないと思い直し、「他も見てみよう」、「もっと研究してからでも遅くない」と考え始める。
 
 2件目のモデルルーム見学。今度は初めからクールだ。もう舞い上がることもなく、1件目の物件と「どこが違うのだろうか?」、「価格は高いか安いか?」などと比較しながら見て行くことになる。
 
 3件目も同様に、「今日は決めるぞ」とは思わずに見学。そこで、それぞれに一長一短があるものだと気づく。ある部分は気に入ったが、ある部分は気に入ないと感じる。あちら立てればこちら立たずと。

 ところが、見学に際して担当してくれた営業マンが好感の持てる、そして信頼できる人物だった。予算と合致する価格の部屋は3階で、その点が少し気に入らないが、駅から3分と近くて便利だし、広さもこれ以上を望むのは贅沢だろう。もう少し待って、もっと良いものを探す選択肢がないわけではないが、営業マンの説明にも納得感があった。
 ここまで、3か所の見学、ネットでの物件検索、情報誌での研究などから大体のことは分かった。ローン返済について将来の不安がないわけではなかったが、その点も営業マンが勇気を与えてくれた。物件の良し悪しを客観的に教えてくれたこともあって、この物件が最高とは思わなかったが、次を探しても大差ないと信じることができた。
 こうして、家を出る時は“買う”気がなかったが、モデルルームを出る時には申込書に記入し、決心を固めていた。最後は担当営業マンの熱意に押される形であった。
 この例は、良い営業マンとの出会いがあったことによって、思いがけず購入することになった代表的なものである。良い物件との縁であり、それと重なるのが良い営業マンとの縁を表している。

 「このマンションが自分にとって最高のものじゃどうかは分からない。だけれども、決して悪いものとは勿論思わない。何とか手が届くことだし、これ以上贅沢なことを言っていたら一生買えない気もするので、この辺で手を打つことにしたい。これも何かのご縁でしょうし」と、このように語る客は、縁を大事にする人かもしれない。
 また、「今年中に買おうと、心に決めていたことではなかったし、まさか5千万円もの買い物が自分にできるとも思っていなかったのだが、降ってわいたような話に乗ったのは、きっと神様の思し召し、何かのご縁なのかもしれませんね」こう自分に言い聞かせるように購入を決心してした人もいる。
 反対に、縁がない人はモデルルームを見に行くことは行くが、踏ん切りがつけられず、何年経っても社宅住まいに甘んじているとか、契約した途端に転勤になってキャンセルせざるを得ないとか、住宅購入の適齢期に海外赴任を命ぜられ、帰国した時には住宅ローンが年限的に借りにくくなってしまったといったケースが挙げられる。
 ひどいのは、計画的に資料を集め、切り抜きし、研究を深めて優良物件を自分なりに選択して申込んでいるのに、抽選に落ちてばかりで、何年経ってもひとつも買えないというケースだ。
 
今日は少し長くなりました。   三井健太

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