旧耐震マンションの救世主現る

このブログはマンション業界OBが業界の裏側を知り尽くした目線で、マンション購入に関する疑問や諸問題を解き明かし、後悔しないためのハウツーをご紹介・・・・原則として、毎月5と10の日に投稿しています

2017年4月26日の報道によれば、東京都は旧耐震基準のマンション(単純には1981年5月以前に着工されたマンション)の建て替えを促進する究極の策を打ち出したようです。その策の内容は後述するとして、先ず旧耐震基準のマンションの問題点を整理しておきましょう。

勉強熱心な読者はご存知のことと思いますが、マンションの建て替えはとても難しく、これまで実現にこぎつけられたのは全国で230件足らず、そのほとんどが旧住宅公団と公社(各地の住宅供給公社)が分譲したもので、民間マンションの建て替え例は多くありません。

参考までに、最近の有名マンションを拾ってみると、次のようなものが見られます。

◆桜上水ガーデンズ:1965年(昭和40年)竣工の桜上水団地(日本住宅公団の分譲マンション)404戸が2015年(平成27年)8月、878戸の分譲マンションとして生まれ変わったのです。建て替えマンションの竣工から50年後でした。

◆Brillia多摩ニュータウン:1971年(昭和46年)に入居が始まった多摩ニュータウンで最も古い建物のひとつ「諏訪2丁目住宅640戸」が1249戸のマンションに生まれ変わり2013年(平成25年)10月竣工しました。建て替えマンションの竣工から42年後でした。

◆プラウドシティ阿佐ヶ谷:1958年(昭和33年)竣工の旧公団住宅350戸が、580戸のマンションに生まれ変わり2016年(平成28年)に竣工しました。建て替えマンションの竣工から58年後でした。

●建て替えの必要が起こる原因

上記3例は建て替えで生まれ変わるまでの時間は短いもので42年、長いものが58年でした。解体されるまでなら、40年~55年くらいでしょうし、建て替えの必要性を感じたのは、30年~45年くらいと短いと推察できます。

どうしてこんなに早いのでしょうか?もともと寿命の短いマンションだったのでしょうか?

その答えはともかく、桜上水団地の場合では、➀エレベーターのない4~5階建のため、高齢者の居住継続が困難になると予想された、②建物及び給排水設備の老朽化(漏水・ガス漏れ事故の頻発)、③防災(耐震性など)や防犯に対する不安、④居住性の改善(天井高さ、遮音・断熱性能等)などが理由として挙がっていたそうです。

同団地は、竣工から僅か20年で「建て替え」を念頭に動き始めたようです。建て替え完了までの経緯を調べてみました。

●建て替えの難しさ
桜上水団地の場合

平成元年 6月 「桜上水団地の将来を考える会」発足
平成6年 10月 「桜上水団地の将来計画推進委員会」設置
平成10年 7月 「建替基本計画委員会」発足
平成11年 6月 ㈱日建設計を事業コンサルタントに選定
平成13年 6月 「建替検討委員会」設置
平成14年 5月 野村不動産㈱・三井不動産㈱を事業協力企業に選定・二社の要請により、㈱大林組・清水建設㈱が参加
平成18年 4月 建替え決議不成立 (同意率:全体4/5達成、各棟2/3未達成)
平成19年 12月 建替え決議不成立 (同上)
平成21年 9月 一括建替え決議成立
平成22年 7月 建替組合設立認可
平成25年 6月 解体工事着工
平成25年 9月 本体工事着工
平成27年 8月 竣工

平成6年の「将来計画推進委員」の設置から、建て替え決議が成立するまで14年を要しています。そして建て替え工事が完了するまでは27年の長い時間を経過していたことになります。

分譲マンションの場合、地権者が多数にのぼるため、協議が整うまで長い時間がかかることが多く、他の事例も10年、15年という時間を要しています。

マンションの建て替えが難しいのは、合意形成の壁が高いことです。

●旧耐震基準マンションの危険度

建て替えの必要性は、上記4つのどれかに該当するに違いありませんが、中でも耐震性能に関する不安が一番の問題と考えられます。そもそも1981年以前のマンションは建築基準法に定めた耐震基準が現基準より低いのです。

旧・耐震基準のマンションに住む人たちは、巨大地震が来たときの不安を抱えているはずです。古いマンションの全てで耐震性能が劣っているわけではないはずですが、どの程度の耐震性があるかは専門機関に「診断」を依頼してみるほかありません。「多分大丈夫だろう」では不安は消えません。

ところが、診断すら行っていないマンションが全国で70%もあるのだそうです(国土交通省調べ)。

東京都も独自に「マンション実態調査」と称するアンケート調査を実施しました。
アンケートは震災の余韻がまだ覚めない2011年8月で、実際のアンケート回答率は25.6%でした。
アンケートに回答したマンションのうち旧耐震基準の分譲マンションからは2322棟から回答があったそうで、耐震診断の実施状況を見ると、実施済が17.1%、実に残り82.9%が未実施と分かりました。

未実施の82.9%の物件について耐震診断の検討状況を確認すると、「今後実施予定」のマンションが11.7%。「検討中」が29.5%、そして「検討していない」が58.9%だったのです

8割以上のマンションで耐震診断すら行っていない。しかも、あのような震災があった直後に、耐震診断すら行っていない・あるいは行わないとしたマンションが多数を占めるという実態がこの調査によって明らかになりました。

何故、診断を受けないのでしょうか? 巨大地震が来てからでは遅いのです。危機感が薄いのでしょうか? 

●耐震性能を知るのが怖い所有者たち

実はそうでなく、診断結果を知るのが怖いのです。

ちなみに、実際に耐震診断を行った物件の結果を見ると震度6〜7程度の規模の地震がきたときに「倒壊の可能性がある」と診断されたマンションが約40%、「倒壊する可能性が高い」と診断されたマンションが約20%あり、調査したマンションのうち過半数にあたる約60%のマンションでは「耐震補強の必要あり」という結果が出ているとの情報があります。

やはり旧耐震基準のマンションで耐震診断を行った場合、大半の物件で強度不足という調査結果が出るようです。

耐震診断には数百万円の費用がかかります。

数百万円かけて耐震診断を行った結果、もし性能不足という判定が出たならば、そこで耐震改修工事を行わなくてはなりません。

しかし、その工事はどのような内容になり、費用はどのくらいになるかが全く想定できないのです。数千万円かける大工事になるかもしれません。

その費用の捻出に困ることになるでしょう。一般のマンションの積立金では数千万単位の補強工事を行うことは、現実的には不可能に近いものです。

しかも、すでに居住中のマンションですから、当然工事中の住環境は悪化します。窓に補強用の筋交いを入れた不細工な公共建物をご覧になったことがあると思いますが、窓が半分ふさがれた格好です。

あのような工事になるかどうか、それすらも分かりませんが、果たしてその工事を実施するのが適切な事かどうかすら疑問が生じます。さらに、可能性としては「補強工事自体が不可能」のケースもあり得ます。

抜本的な補強が必要だという結論、つまり、解体して建て替えるしか方法はないかもしれません。

つまり、数百万円かけて耐震診断はできても、その先の「耐震工事」が費用負担の問題で頓挫する可能性が高いのです。

また、耐震診断を行った場合、売買時に交付される重要事項説明書に「耐震診断実施済み」である旨を明記しなければなりません。さらに、「耐震補強工事が必要」と記載する法的義務が生じるのです。耐震診断を行ってしまうと、診断はしなかったことにはできないのです。

重要事項説明書に耐震補強工事を要すると明記されてしまったマンションを買う人はいないでしょう。そうなれば、価格は極端なレベルまで下がってしまうかもしれませんん。耐震診断自体を行わなければ、目に見える資産価値の低下は発生せず、工事費用も全く発生しないわけですから、耐震診断を行わないでおこうと判断するマンションが多いわけが分かろうというものです。

●東京都の建て替え促進策とは

長くなりましたが、東京都が発表した「建て替え促進策」とは、一定の条件を満たせば容積率を割り増ししてあげますというものです。

都が対象地区を指定。指定地区内の旧耐震マンションは、周辺の住宅などとの共同建て替えを条件に容積率の上限の緩和を受けられる。集約する敷地数などに応じて、割増容積率を算定する・・・というものです。

建て替えしやすくする条件緩和策によってサポートするというわけです。容積率の緩和とは、敷地面積の200%の建物を建ててよいとする容積率200%区域の中に建つ旧耐震基準マンションの敷地を、例えば容積率400%まで増やしてくれるというわけです。

100戸のマンションが200戸に増やすことになるので、100戸分を販売すれば多額の資金が生まれます。その金で建て替え費用を捻出できる理屈です。

先に紹介した建て替え実例は、もともと容積率に余裕があったのです。つまり、200%の容積率の土地に150%程度しか建物を建てていなかったので、最初から50%分の余裕があったうえ、様々な開発手法を絡めることでプラスの容積を生み出し、結果的に150%の建物が300%の建物に生まれ変わっているのです。建て替え前の戸数と建て替え後の戸数の差がそれを表しています。

容積率に余裕がある建物は公団・公社のマンションに多く、民間マンションには容積率の余裕が殆んどありません。建て替えが進まない最大の原因はここにあるのです。

50戸のマンションを50戸のまま単に建て替えるというのでは、各オーナーの建築費用の負担が大きく、合意形成は不可能と言って過言でありません。

容積率の割り増し策は目新しいものではありません。再開発プロジェクトでは、公開空地を設けるなどの条件付きで容積ボーナスを事業者に提供しています。容積率は、建蔽率とともに、都市計画上の必須アイテムで、地区ごとに線引きをして決められています。

今回の策は、都市防災の観点から旧耐震建物の性能強化が進まない現状(ちなみに、公共施設や百貨店やホテルなど不特定多数の人が集まる大規模施設に耐震診断を義務付けていますが、私有財産である分譲マンションは義務化されていません)を打破するために苦肉の策として登場したものと考えられるのです。

●資金が要らないというなら話に乗るよと

資金がなくても建て替えられるとしても、解体費を含む工事費の支払い条件や工事期間中の仮住まいの費用など先行する資金をどう調達すればいいのか、第一、販売をどのようにすればいいのかなど、素人には難しいことばかりです。

そこでデベロッパーを協力企業として担ぎ出す必要があります。デベロッパーとしても、土地代を寝かすことなく事業用地を確保できるので、渡りに船のような話です。

マンション用地は交通、環境、広さなどの要件が難しく、簡単に入手できるものではありません。このため争奪戦は激しく、デベロッパー各社は日ごろから条件の良い土地を何とか無競争で入手できるよう努力を続けています。

先述のとおり、建て替えプロジェクトは短時日に走り出せるものではないのですが、早い段階から参画しておけば、確実にものにできると考えるのでしょう、大手デベロッパーは横並びで今日も取り組んでいるはずです。

ともかく、建て替えを希望するマンション管理組合はデベロッパーを指名し、資金から何から依存して行くわけです。逆に言えば、資金を出してくれる企業があるからこそ、建て替え計画が進むとも言えるわけです。

建て替え希望のマンション管理組合とマンションデベロッパーは「持ちつ持たれつ」の関係になるわけですが、鍵を握るのはプラスの容積率です。

●デベロッパーがメリットを感じる緩和策

用地不足がデベロッパーの事業意欲を萎えさせていると聞きました。

人口減少が予期され、空家問題が日常的な論議となる中、新築住宅の建設はもはや必要ないなどという暴論まで飛び出す昨今、新築マンションの開発より中古(ストック)ビジネスが主力にすると発言するデベロッパーも増えています。

すなわち、リフォーム・リノベーション事業、管理受託事業、仲介業、建て替え事業に力を入れると方針転換したデベロッパーが目立つようになって来ました。

しかし、新築マンションの需要がなくなったわけではありません。東京圏には、先行きも一定量の需要ボリュームが存在することをデベロッパーも感じ取っています。然るに方針転換したかのごとくストックビジネスを標榜するのは、実は用地難という壁にぶつかっているためです。

たまに良い土地が売りに出ても入札で競り負けることが多く、購入できても採算ラインを超える高値になってしまうことが多い。また、確実に取得できる土地があっても、あまり積極的に取り組みたいと思わない交通条件の良くない土地であったりもします。

容積率緩和によって古いマンションの建て替えが進むことになれば、デベロッパーにとっては、それこそ宝の山を掘りあてることになるのかもしれません。

築40年を超えるマンションは都内で3700棟もあるのです。これが全て東京都の指定地域に入るかは分かりませんが、デベロッパー各社がシェアしながら案件に取り組むことができるかもしれません。

スタートまでには多少時間はかかりますが、回り出せば、次々と建て替え案件が実現するかもしれません。

また、過去の建て替え案件は、建築内容(プランニング)に優れたものが多いこと、古いマンションは大体において好立地であるものが多いことなどに鑑みると、優良マンションが多数供給できるのではないか。そんな期待も膨らむのです。

都の策は、耐震性能で劣る古いマンションの救世主というだけでなく、デベロッパー用地難を救う一石二鳥の策になるかもしれません。

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ご検討マンションの価値はどの程度のものか、また価格は適正かを客観的に評価し、レポートします。
 評価項目:①立地条件(最寄駅までの距離・都心へのアクセス・生活利便性)②全体計画(配棟計画・駐車場・空間利用計画・共用施設・外観デザイン・セキュリティ)  ③建物の基本構造(耐震性・耐久性・遮音性能・将来の更新性) ④管理内容(管理体制・管理費・修繕積立金・管理会社) ⑤専有部分の計画(間取り・設備・仕様)⑥売主 ⑦施工会社
・・・・これらの項目を5段階評価(新築の場合)した後に、価格の妥当性を含め 総合的にコメントをつけて「マンション評価レポート」として、メールでお届けしています。どうぞご利用ください。
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