第647回 マンションの建て替えは不可能というお話

このブログは居住性や好みの問題、個人的な事情を度外視し、原則として資産性の観点から「マンションの資産価値論を展開しております。

5日おき(5、10、15・・・)の更新です。

 

ときどき築40年マンションを買いたいが、「あと何年住めるのか」に加えて、「建て替えのときの資金が心配」といったお尋ねが届きます。古いマンションは、補修をしながら長く住むという道と建て替えるという道があると考えられますが、今日は「マンションの建て替えはほぼ不可能」という話をしようと思います。

 

●建て替えが難しいという実態

建て替えは、オーナー全員の賛成がないとできないということを先ずお伝えします。

法的には、80%の賛成があればできないことはないのですが、同じ屋根の下に長く住んで来た20%の人を切り捨てることは難しく、事実上100%賛意が得られないと建て替えに踏み切ることは困難です。

 

しかし、マンションは古くなるほど、 オーナーが住んでいない例が増えて行きます。そのため、同じ屋根の下に住んでいるわけでもないので、結果的に20%未満の反対派を切り捨てることがあるのかもしれません。

ともあれ、築年数によっても差があるのですが、国土交通省の調査によれば、賃貸住戸が20%未満のマンションは60%くらいですが、20%超のマンションも20%程度はあるのです。

 

不在オーナーと連絡が取れても、価値観が異なり、合意形成までには高い壁が待っています。

事務所使用の部屋、住宅として賃貸中の部屋、オーナー自身が居住している部屋など、所有・賃貸の別、用途の別もありますし、オーナーの年齢も幅が広いのです。30年以上の高齢の居住者もあれば、最近購入したという若い世帯、長く住むつもりの人、そろそろ売ろうかと考えている人、10年程度は住むつもりだが、その先は分からないというオーナーなどの考えもばらばらなので、維持管理の費用積立に関しても価値観が異なるのです。

 

建て替えが難しい理由を整理すると、費用負担の問題が先ず挙げられます。追加資金が出せないこと、仮住まいの期間の賃料とローン残債の負担が重なるのがつらいと感じる人があります。

また、引っ越しのわずらわしさを嫌がる人も多く、移転して住環境が変わることへの抵抗感も大きいのです。

 

建て替え計画への不安と不満 改修で十分という人との意見対立、これも容易に解消できないと聞きます。

 

建て替え推進派は、建て替えか修繕かで住民代表が3年以上も話し合いを続けてきた。「コンクリートの劣化が進み、このままでは爆裂する。耐震基準も満たしていないので建て替えやむなし」と考える住民が多いなどと主張します。

これに対し、修繕派は「ていねいに使って長生きさせたい。何が何でも建て替えをしなきゃとは思わない」と反論するのです。

新しいものがいいとは限らない。古くても長く住んで来た家には愛着を感じる。これも底流にあるようです。

 

「建て替えには賛成できない。年金生活ですからお金が出せない。でも、同意が3分の2に緩和された(後述)ことで数の論理で追い出しができるわけで、建て替えを推し進めれば、多くの住民が団地の生活をあきらめて出ていかざるを得ない」のです。

 

●合意形成に25年もかかったという実例がある

過去の建て替え実例を思い出しながら書くと、合意形成には10年も15年もかかっていますが、なんと25年もかかったという例もあることを最近知りました。

 

日本最古の分譲マンションと言われる「宮益坂ビルディング(分譲主:東京都)」は、建替えの話が出てから実行までになんと25年かかったそうです。(建て替え後の建物は2019年に竣工予定)

この建て替え計画に関与した、旭化成不動産レジデンス株式会社のマンション建替え研究所主任研究員・大木祐悟さんの話として、合意形成の難しさについて次のように報道されています。

 

例えば区分所有者の多くがマンション外に居住しており、マンションは第三者に貸しているケースが挙げられます。宮益坂ビルディングでは、当初1階が店舗、2~4階が事務所、5~11階が70戸の住居でしたが、近年は5戸の住居を除いて残りは全て事務所となっていました。さらに5戸の住居のうち、区分所有者本人が住んでいるのは2戸のみでした。

このように、高経年マンションでは賃貸化や空室化が進んでいるものが少なくありませんが、そうしたマンションでは区分所有者本人とコンタクトを取ることが難しいことがあります。

 

また、同氏は建替えに反対される人についてこう語っています。

 

今までの事例を平均的に見てみると、建替えに積極的な人は2~3割。余程のことでない限り修繕で良いだろうという方が1割程度いるイメージです。残りの6~7割は消極的賛成もしくは消極的反対、あるいは「よく分からない」という人ですね。説明会や個別面談に応じていくなかで、合意形成を進めていきますが、建替えが決議された時点で平均して1割弱の反対層がいます。反対されていた方には、その後の2か月の催告期間が与えられます。ほとんどの場合、反対だった方もこの期間内で建替えに賛成されます。

 

●建て替え前と建て替え後の姿(宮益坂ビルディングの場合)

建替え前 建替え後
所在地 東京都渋谷区渋谷
敷地面積 1317.34
建て替えの経緯 平成23年3月事業協力者選定

平成24年3月:建替え決議

平成28年10月:権利変換計画認可

平成32年5月竣工(予定)

延床面積 約7,872.62㎡ 約14,553.41㎡
階数・棟数 1棟地上11階地下1階 1棟地上15階地下2階
総戸数 住宅70戸・事務所37・店舗7 住宅152戸・事務所28・店舗7
間取り 1DK・2DK 1K・1LDK・2LDK・3LDK・2LDK・3LDK
各戸専有面積 35.40㎡~46.77㎡ 30.00㎡~78.28㎡

(データは旭化成不動産レジデンスのHPより)

 

 

●四谷コーポラス(現アトラス四谷本塩町)の場合

日本初の民間分譲マンションとされる建物が築61年目で等価交換方式による建替えが決定しました。これも旭化成不動産レジデンスが建て替え事業者になっています。以下は同社のHPから転載しました。

なお、この建て替えに関する記事「第583回 築61年マンション ついに建て替えへ」を併せてご高覧いただければ幸いです。

・・・・・・・・・・・こちらです https://mituikenta.com/?p=1774

 

四谷コーポラスは、1956(昭和31)年に建てられた地上5階建て総戸数28戸のマンションでした。民間企業による初の分譲マンションと言われており、集合住宅として初めて割賦販売が適用されました。多くの住戸は当時としては珍しい大型メゾネットタイプ。0年に及ぶ検討の末、2016年に旭化成不動産レジデンスを事業協力者として選定。所有者一人一人の希望を具現化し計画、専任担当による高齢者へのサポート等により、当社参画以降は短期間で建替えを実現しました。

<建替え前後の比較>

建替え前 建替え後
所在地 東京都新宿区本塩町(最寄り駅:JR四谷)
敷地面積 1,020㎡
建て替えの経緯 平成29年3月:建替え決議

平成29年8月:等価交換契約

平成29年9月解体工事着手

平成31年7月竣工(予定)

延床面積 2,290㎡ 3,980㎡
階数・棟数 地上5階 地上6階、地下1階
総戸数 住戸28戸 住戸51戸
間取り 2K~3LDK 1DK~3LDK
各戸専有面積 フラットタイプ 4戸・メゾネットタイプ 24戸 76.89㎡ 29㎡~114㎡

 

●建て替え関連の法律

ところで、マンションの建て替えに関連する法律について、簡単に整理しておきます。

 

2002年 建替え決議の要件の見直しがおこなわれました

(区分所有法の第62条1項関係)・・・区分所有者及び議決権の5分の4以上の多数決のみで建替えが可能になった。それ以前は全員賛成が条件だった。

2014年:マンション建て替え円滑法(2002年制定)が改正されました

「マンション敷地売却制度の創設」と 「容積率の緩和の特例を認める」の大幅な改正がありました。

⓵敷地売却制度・・・金銭で受け取るも建て替え後のマンションに再居住も選択可能。

②耐震不足の認定を受けたマンションの場合、容積率が緩和されることになった

 

②は、旧・耐震基準のマンション(1981年以前の建築許可を受けて建てられたマンション)のうち、耐震診断を受け、「倒壊の危険がある」とされたマンション」という条件があります。これによって、耐震性の低いマンションの建て替えが進んで行く可能性が高まったのです。

 

●建て替えがスピード決議された事例

上記の法改正によって合意形成が円滑に進んだ例をご紹介しましょう。

 

旭化成不動産レジデンスによれば、墨田区のマンションで昨年竣工した築33年の建て替え成功事例があったそうです。

<1972年3月竣工の「ビレッタ朝日」築33年:2015年に解体が始まり、2017年9月竣工>

 

前面道路は水戸街道のため「指定道路に面する建物は耐震診断が義務付けられていた」のですが、診断の結果、「倒壊の危険性が高いとされた」 そうです。約1年半の議論の末、オーナー全員の合意で建て替えが決議されたのです。スピード決議です。

延床面積が3262㎡から7430㎡に、戸数で58戸が90戸になりました。

 

2倍の面積に増えたのは、隣地の5戸との一体開発も要因ですが、それ以上に決め手になったのは、耐震性不足と診断されれば容積率緩和の特例を受けられたからです。

増えた分はデベロッパーを通じて売却されるので資金負担は大幅に減ったのです。それでも、マンションオーナー個々に、約1000万円平均の資金負担が必要だったそうです。 約2年間の仮住まい費用もあったはずで、これも加算されたことでしょう。

 

●資金負担がカギ

この例のように、建て替えるのは本来全額をオーナーが負担しなければなりませんが、個人の資金事情は様々です。誰かが補助をしなければ建て替えは事実上不可能ですから、行政は資金負担をしない代わりに「容積率の緩和=ボーナス付与」をしてあげるから、その増えた分を売却すれば資金の何%かを調達しなさいというわけです。

 

耐震性の低い建物だけが対象ではあるのですが、これによって、老朽化したマンションの建て替えが容易になるかもしれません。

 

新築マンションの開発が用地不足に陥っている現況では、デベロッパーにとっても有力な用地供給源となりそうです。とはいえ、資金負担が限りなく少ない提案が策定できないと、合意形成の壁は厚いのです。

 

●建て替えに成功した実例

上記以外の建て替え成功例を紹介しましょう。

 

<クレヴィア原宿への建替え>

伊藤忠都市開発のHPによれば、「区分所有マンション(35戸、地権者43名 法人含む)と隣地の戸建を一体開発することにより実現した例です。建替え前の建物は、老朽化に伴って修繕費用が多額に発生していたこと、耐震診断の相談をするものの、築年数から耐震基準を満たしていないことは明らかであったこと、耐震補強を検討したものの、各区分所有者に多額の費用が発生してしまうことから合意に至らず、区分所有者の資産価値は下落している状況であった。

当社(伊藤忠都市開発)は、容積率を最大限消化していないマンションであったこと、また隣地の戸建住宅と一体で建替え計画が策定できたことから、好条件を区分所有者に提示することができ、合意形成が実現した。法律改正に先駆けて、区分所有者全員の合意を得て、マンション及びその敷地を買受けることに成功した」とあります。

 

<事業スケジュール>

2012年:全区分所有者一体売買契約。明渡し、解体着手

2013年:工事着工

2015年:工事完了

■概要■ 建替え前 建替え後
所在地 東京都渋谷区
竣工 1979年
( 昭和54年 )
2015年
( 平成27年 )
構造・規模 RC造8階建 RC造14階建
敷地面積 約741m² 約736m²
延床面積 約2,340m² 約4,045m²
総戸数 35戸 57戸

 

 

●これまで建て替えが実現したのは全国で僅か250件

今後は、耐震性に問題があるマンションを中心に建て替えが進むと見られますが、これまでの建て替え事例はわずか250件とされます。250件を戸数換算で、約25,000戸とすると、旧耐震のマンションだけでも80万戸もあるので、ざっと3%強しか建て替えは実現していないことになります。

 

今後も、幾分増えると期待はできますが、合意形成には依然として時間がかかるに違いありません。

 

最初の壁は「耐震診断」にあります。街道沿いなど一定のエリアでは義務化されていますが、義務化されていないエリアは診断自体が進まないのです。診断すらしていない例が旧耐震マンションの70%もあると国土交通省は発表しています。

 

なぜ診断すらしないのでしょうか?理由は簡単です。

診断を受けて「耐震性に問題あり」と出れば、マンションの資産価値に影響するからです。「耐震性に問題のあるマンションですが買って下さい」と売り出したら買い手がつかないと心配するオーナーが多いというわけです。

宅地建物取引業法では、耐震診断を実施したかどうかを告げなければならず、診断した場合は結果(耐震補強の必要がある・無し)も「重要事項説明書」に記載しなければならないのです。

 

1981年以前の建築許可物件であることが資産価値に影響していることを承知していても、「補強工事を要す」と書かれたら、買い手は購入後の資金負担に懸念を覚えるはずで、ますます売れなくなり、安くなる一方です。全く買い手がつかない事態もあり得る。このようにオーナーは心配しているのです。

 

デベロッパー各社は、建て替え促進チームを組織して案件取得に積極的に動いているようです。「建て替えを当社に」とテレビCMを流しているデベロッパーも出始めています。

しかし、建て替えが加速度的に進むかは疑問です。資金負担がゼロになる好条件を提示しても、高齢者の中には引っ越しの煩わしさに抵抗があるため、「私がいなくなってからにして頂戴」という人も多いからです。

現金を受け取って他所に転居するという道を選択してもらうにしても、説得には時間がかかることでしょう。高齢者は、老い先が短いとはいえ、僅かな金銭で住む場所を追い立てられることに不安を抱くからです。

金銭より、余生を静かにここで暮らしたいと考える人が多いとも聞きます。抵抗のない移転先(たとえば子供のいる場所など)に悩む人も多いのです。

 

また、オーナーの中には欲張りな人もあるもので、計画案の中身に不満を表明する人も少なくありません。もっと広い部屋が欲しいと言い、金銭負担もより少なく、と要求したりするのです。

 

デベロッパーの担当者は、長い時間をかけ、何十回も通って一人一人を説得していくのかもしれません。集会も何度も開き、合意形成を図って行くのでしょう。気が遠くなるような努力を重ねて合意に至るということになります。

建て替え促進者との対策協議、反対派の切り崩しなどに早くても5年、これまでと同じに10年もかかるということになるのではないかと推察します。

 

●長寿命化が今後の課題に

ここまで、高齢マンションの建て替えは極めて難しい、殆ど不可能に近いことをお伝えして来ました。資金負担なしで建て替えられることになったというラッキーがないとは言いませんが、確率は低いはずです。

 

従って、これから高齢マンションを検討する人は「あと何年住めるか」に課題を置き、当該マンションの耐震性と長期修繕計画の内容を吟味することが必須となりましょう。つまり、例えば築40年マンションなら、「あと40年住めるのかどうか」、その前に「耐震性がどうか」がカギを握るというわけです。

 

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